mercoledì 15 luglio 2009

INTRODUZIONE A VENEZIA




ヴェネチア への案内 
   

400年代初め、ヴェネチアは建設された。その後、エジプトのアレッサンドリアによって、後にこの地の守護聖人となった聖マルコ・エバンゲリスタの遺物とされるものがこの地に輸送されたのが、828年のことだった。その後1104年,造船所の建設が始まり、その大規模な造船所は後に、商業の船、また戦争のための軍事的な船の製造に活躍した。1202年から1204年にかけてヴェネチアは、地中海当方における改革運動Ⅳに参加し、その地を征服することに成功した。この時代の豊かな商人たちも、1600年代には姿を消していった。
 その頃、地中海の主権と繁栄は、漂流していた。ヴェネチアは、既に豊富な種類の食材に満ち溢れた土地柄であり、既に数多くの料理が生み出されていた。それらは、イスタンブール・Beirut・エジプト・中国(1217年マルコポーロはGran Khan・ Cublai khanらが統治していた北京に到着した)ロシア・インド・ドイツ・フランス・イギリスに、おいて影響を受けたものだと言われている。
 1500年この地は戦争と伝染病により苦しめられていたが、ヴェネチア共和国はその苦しみから脱出し、長期間ヴェネトの田舎に移動したことによって、後の勝者となった。(それはロンバルディア州をまたがり、最終的にはこの州のAdda川にまで到達していた)その田舎の地域は完全にヴェネチア共和国に支配されている状況にあった。(この状況はほぼ1797年、ヴェネチアがオーストリアに屈服するまで続いた。その後再び、イタリアに戻ったのは、1866年のことであった。)この頃になるとヴェネチアの裕福な人々の関心は、航海計画から、土地所有権の取得へと変わっていった。そして彼らはこの地で有名な“邸宅(屋敷)文明”を生み出した。アンドレア パラディオによって建築されたヴェネトの邸宅は特に有名であり、後世に残ったそれらの邸宅の完成度は高い評価を得ている。
田舎生活においては、この頃新しく耕作文化が出現したことが、この地にとって偉大な利益となった。この頃の影響が、今日のこの地域の伝統料理のベースになっている。トウモロコシの粉から作られたポレンタがその代表だ。もともと、この地域の潟に生きる民族の食物は魚介類が基本であり、その他に農作物、川からの恵みをベースとしたもので、全体的にシンプルである。少しずつ、スパイスや食料品が東洋から運び込まれる様になった頃、航海者たち、船乗りのお陰や、有能なヴェネチア商人の努力の成果で、この地の料理はどんどんと豊かになり、新しい味の登場によりどんどんと味の幅が広がっていった。ヴェネチアの黄金時代、この地はヨーロッパにおいて最も人口の多い、活動的な都市であった。その頃のヴェネチアは、何一つ生産をしていないが、全てなんでも見つかる場所、といわれていた程で、その頃は何一つとして生産をしていなかった。例えば、4月25日の聖マルコの祭日に食べる有名なスープ“Risi di Bisi”のグリーンピースも、当時はリグーリア州から取り寄せていた。その輸送には特別な軍用車が用いられ、450キロに渡るその輸送には莫大な費用が掛かっていたが、その当時は気候も今よりもずっと温和であり、その状況が通っていた。それはまた、スパイス類に関しても同じであり、高価なスパイス類も惜しげなく使われていた。いずれにしろ、当時それらの商品は貴重品であったことに間違いはなく、一袋の胡椒を残すことは、相当な価値のある遺産を残すのに値する価値だと言われていた。いずれにしろ当時のヴェネチアでは、多量のスパイスが使われていたが、その目的は主に、保存の悪い肉の臭みや、嫌な味を隠すことを目的として用いられることが殆どで、その他には食堂において、お客がよりワインを飲む様に仕向ける為にスパイスが使われていた。
 ヴェネチア料理は今も昔も、いつの時代も二種類の表情を持っていた。祭日用の楽しんだ食事、それらは調味料やスパイスの効いたものであった。それに対して、一般家庭で食べられる主婦の作る料理は、シンプルでその地で取れる食材を用いた落ち着いた料理だ。オステリアの様な食堂で食べる料理が、後者の良い例と言えるだろう。FOLPETI LESSAI(茹でジャコウダコ)は、1700年代にはまだ、道端であつあつの物が売られていた。FRITTO MISTO(魚のミックスフライ)イワシをはじめとし、アンコウや蟹、うなぎ、などが使われる。また墨イカのスミをもちいたSEPPIE ALLA VENEXIANAや、REDENTOREの祭日の時期に船の上で、家族で食べられたSARDE IN SAOR(イワシの酢漬けの一種)。
 豪華な料理に関しては、1600年代に既に特別なその地位を確立していたGRANCEOLAは、美味しい蟹か、RAGNO DI MARE(甲殻類の一種)が生きたまま調理され、あとから鋏ははずされた。この料理は11月から1月の間の身が詰まった時期が一番美味しいとされこの時期にのみ調理された。SALSA PEARADAは1299年に開かれた結婚式のバンケットメニューに既に登場していた一皿で、鶏肉とジビエが使われていた。この料理は今日でも、非常によく用いられる一皿だ。PASQUAの40日前の四旬節の金曜日や、偉大な宗教的祭日の前日には、BIGOI IN SALSAが準備される。素朴な粉用いて作られるTORCHIETTO。そしてヴェネチアの料理として忘れてはならない物として、バッカラマンテカートや、FEGATO ALLA VENEZIANA(レバーのヴェネチア風)や、おびただしい数の種類のリゾットがある。

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